恋と愛は似て非なるもの

恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの。

大好きな美輪明宏さんの名言です。

言い換えれば恋とは「エゴ」、愛とは「思いやり」なのではないか?

と、前々からサラちゃんは思うとるわけでございます。

恋とは自分自身のエゴとの戦い、相手が思うように振り向いてくれない、違う異性と楽しそうに話しているのを見て感じる嫉妬・・。全て自分の期待するように相手が動いてくれない事への苛立ちと自己嫌悪の連続。それはそれは非効率的でとても苦しいものです。

だからと言って恋はするべきではないのでしょうか?

いやいや、苦しくもあるが恋に溺れる時こその美しさ、そこにある感動は本当に恋した事がある人にしかわかりません。めんどくさく全く効率の良くない事ばかりですが、それを経験した事のある人にしか分からない美しい感動がそこにあるのです。

まぁ前置きは長くなってしまいましたが着物もそうです。

私も着物に恋心を抱く前は、「あんな高いだけで効率の悪い衣服、着る意味が全く分からんわ。」と思っていました。

でも着物のキューピットは突然私の胸に矢を放って来たのです。関心度0から100に急に変わったのです。まさに恋に落ちる瞬間と同じです。そこから0から着方を学んで「着こなし」を学び それはそれは現代の洋服に比べて効率の悪い事ばかりですがその効率の悪さすらも美しく思えてしまう恋の魔力!

そこから20年経ちますが、今は恋と愛の狭間、まさに「恋愛中」です。

自分で絶対に纏いたい着物、私でなくてもいいから似合う美しい人に着てもらって幸せになってほしい着物、沢山あります。

でも私は全く着物に関心のない人に無理やり着物の良さを押し付ける気はないです。洋服が大好きだった私だから洋服でいいわ!って気持ちもすごいわかります、

さらにはもっと着物を着ている人を増やしたい!とも思っていません。 そんなことをしなくても素敵なものはいつの世の残るし、無理やりなこじつけの伝統はいつか自然に廃れるものです。

でも着たい!と思ってくれてる人には私のできる限りのお手伝いはしたいなといつも思っております。

私はまだまだ未熟で無知ですが、海外での苦労、お金がない時の苦労(今もあんまり無いけど)、ジロジロ見られる苦労(?)

私の自身に起こった経験からの乗り越え方は色々培って来たのではないかな?と思っています。

そんなこんなでこれからもインスタやブログを使って私の着物恋愛トークをぼちぼちとしていきたいと思います。

最後にもう1つ名言で今回の締めくくりにしたいと思います。

 

恋愛はチャンスではないと思う。

私はそれを意思だと思う。

ー 太宰 治 ー

 

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