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外でも内でも着物は着物

通常ですと毎年この頃は毎週水曜日、メルボルンの有名縁日的な”Queen Victoria Night Market”に着物のポップアップショップを出して、お店に来ていただいたお客様に着物を着るのを体験していただいているのですが、

今年はコロナの影響でそちらも無くなってしまいました。残念ですが仕方ありません。

うちに来るお客様の大半は人生において着物をトラディショナルに着たことがないお客様ばかりで、着物の知識もほとんど無いに等しい方がほとんどです。 本当に知らない方だと

「これは何だ?」『Kimonoだよ』

「Kimonoって何だ?」『日本の伝統的な服なんだよ』

「へー!」って方もいらっしゃいます。

そんなところで着物を売っているのでもう日本ではあり得へん質問も多々投げかけられる感じでやっております。

その中でもよく受ける代表的な質問集

Q.着物着た女性のことをGeishaって言うんでしょ?

A.違いますよ、日本では着物を着た女性のことを「着物を着た女性」と言いますよ。

Q,  昔は日本で女性は着物着てたんだろ?その頃男は何着てたんだ?

A. 着物だよ。

Q.なんでこんなに長いの?日本人は背が低いのに

A. 日本では女性の着物は腰のところで紐で結んで長さを調節して着るために長いんです。

Q. あの着物着てる人の背中についてる四角いクッションみたいのは何のためだ?

A. お太鼓結びという帯の結び方なんです。背中を守るためではありませんよ。

こんなのがよく聞かれる質問です。

あまりに日本ではあり得ない質問が多いので逆に「あぁそう見えているんだなぁ」と色々勉強になってます。

ほとんどの人は着物っていうのはわかってもらえてるんです。それで「私着物大好き!」ってな感じで色々質問してくださります。質問がトンチンカンだとしても、たくさんの方に着物や日本が大好きと言ってもらえてここで着物屋をやっていてつくづく幸せだなぁと思います。 ほとんどの方は着物は家のナイトローブに、帯は部屋の飾りとして買っていかれるので、まぁ郷に入っては郷に従えでこの国なりのやり方で着物を楽しんでいただければ嬉しいと思っております。

やはり自分の国のものにちょとでも興味を持ってもらえたり「美しい」と言っていただけるのは本当に日本人として嬉しいですね。

そんな中で、 実はちょっとどころか最強に着物のことを美しい!と知ってくださってる、しかもそれをどんどんいろんな国に発信してくださってる最強な人たちがいるんです!

そんなすごい方々を今日は紹介したいと思います。

まずはAnji、日本在住ドイツ人

彼女のインスタをまず見てもらいたい!

https://www.instagram.com/salztokyo/

彼女のすごいところは日本人の現代の保守的な着物のやり方もちゃんとわかってるけど、海外からアンジーの着物スタイリングを求めてやって来る人にもちゃんとオリジナリティー溢れる表現が出来てる事。海外から来られる方って普段日本で着物を着てる人からすればあり得へん要望って事もたくさん起こるはず。でもその中で柔軟に対応しながらちゃんと彼女のスタイリングの特色を出してるところ。これって実はメチャクチャむずかしいんだよ!

次にSheila、日本在住イギリス人の着物研究家です。

https://www.instagram.com/kimonosheila/

まず彼女の着物文化の知識は半端ではない。本も出版されて日本 で講義もされています。

とにかく知識が半端じゃないです!!

こちらはシエラ自身のスタイリング本、サインもらっちゃった🎶

着物の知識がありすぎる着物愛好家は割と守りに入る着こなし傾向にありますが、彼女は絶対守りに入らない!それどころか新しい事にどんどんチャレンジしていってる。ずっと攻め続けている!私より年上だけどとってもチャーミングで着物の着姿も可愛い。

彼女の持っているそのアートセンスは日本とイギリスで培われたものなのでしょうか?

次にBilly、日本在住のドイツ人です。

https://www.instagram.com/biriinyan/

チェックしてもらいたいのは彼女のYoutube チャンネル。

https://www.youtube.com/c/BillyMatsunaga/featured

着物の知識を英語でも日本語でもとってもわかりやすく創意工夫にあふれた形で紹介してくださってます。 日本語の着物チャンネルで詳しい着物情報が学べるものは数あれど、着物の決まりと現代アレンジをここまで分かっていながら、こんなにも詳しく情報を日本語と英語で紹介しているのは彼女のチャンネルだけではないだろうか?

全て役に立つ情報ばかりです。

日本人で着物好きさんだったら彼女の英語動画見たら絶対英語も勉強できやすいと思うので是非英語勉強にもなるこのチャンネル見てください!

そしてイギリス在住のイギリス人Tia

https://www.instagram.com/tia_oguri/

個人的に黒人の方の着物姿を見るのが大好きな私なので、彼女のスタイリングと着物姿を見るのをいつも楽しみにしています。

最近発表された彼女の浴衣コレクションも彼女の独自性がそのまま生かされててすごい素敵なんです!

https://www.instagram.com/uberdandykimono/

彼女のバックグラウンドから影響された独自性溢れるクリエーションとクールなAttitudeが見事にマリアージュしてて彼女にしか創ることの出来ない世界観。クロスカルチャーファッションとは正にこのことだ!と思い知らされます。彼女の最近の浴衣コレクションUber Dandy Kimonoも要チェックです!

そしてポーランド在住Anna、

https://www.instagram.com/kimonoteka/

ポーランド語での着物本も出されています。

本出すまでに研究したことは数知れずだっただろうなぁ・・。

ちなみにBilly のyoutube チャンネルにこの前 Tia とAnneと私とBillyでイギリス、ポーランド、日本、オーストラリアを結んで生中継でライブトークをやらせていただきました。すごい時代になりましたね。

この素晴らしい方々全てに思うのは、きっと私のようなただ普通に日本で産まれちゃった日本人よりも人一倍いろんな努力をしたり、どーでも良いような誤解に苦労したり、思いもよらない見当違いなコメントなども沢山受けてきたのではないかと思うのです。

逆を言えヨーロッパで活躍してる日本人ソムリエさんがいたとして、文化の違う場所で頑張るためにはヨーロッパ人以上の努力をしないと周りに認められないと思うですよね。多分「お前には俺らの文化はわからない!」なんて言われたら私はそんなことはない、この人はその分努力してるんだ!って思ってしまうわけですよ。

私は日本人でなければ着物の事理解できないなんて1ミリも思わないし、彼女たちの努力と前向きな姿勢には本当に頭の下がる思いです。

あと私の個人的に思うところのある

「文化の盗用(Cultunal appropriation )」という言葉ね。

私は洋服を着ていて「他の文化の盗用するな」と言われた事がない。日本人以外の人が着物を着て文化の盗用と言われるなら私のような者が洋服を着ていても「文化の盗用」になるのではないか?それとも洋服だけが許可のいらない特別な衣服で他のものが違うというのなら、その考えこそが差別ではないか?と思ってしまうわけです。

どんな衣服でもそりゃ服装のマナーやドレスコードはあります。それはその場所に応じた適切な格好をするという事であって「どの国の誰が」というのはまた別の話だと思うんです。それ以上にその文化に敬意を示してくださって発信してくださってる面に目を向けたい!

私は素晴らしい着物文化を紹介してくださってるこの方々にありがとうと言いたいです。

ありがとーーーーー!!!

という訳で、外でも内でも着物は着物でした。

恋と愛は似て非なるもの

恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの。

大好きな美輪明宏さんの名言です。

言い換えれば恋とは「エゴ」、愛とは「思いやり」なのではないか?

と、前々からサラちゃんは思うとるわけでございます。

恋とは自分自身のエゴとの戦い、相手が思うように振り向いてくれない、違う異性と楽しそうに話しているのを見て感じる嫉妬・・。全て自分の期待するように相手が動いてくれない事への苛立ちと自己嫌悪の連続。それはそれは非効率的でとても苦しいものです。

だからと言って恋はするべきではないのでしょうか?

いやいや、苦しくもあるが恋に溺れる時こその美しさ、そこにある感動は本当に恋した事がある人にしかわかりません。めんどくさく全く効率の良くない事ばかりですが、それを経験した事のある人にしか分からない美しい感動がそこにあるのです。

まぁ前置きは長くなってしまいましたが着物もそうです。

私も着物に恋心を抱く前は、「あんな高いだけで効率の悪い衣服、着る意味が全く分からんわ。」と思っていました。

でも着物のキューピットは突然私の胸に矢を放って来たのです。関心度0から100に急に変わったのです。まさに恋に落ちる瞬間と同じです。そこから0から着方を学んで「着こなし」を学び それはそれは現代の洋服に比べて効率の悪い事ばかりですがその効率の悪さすらも美しく思えてしまう恋の魔力!

そこから20年経ちますが、今は恋と愛の狭間、まさに「恋愛中」です。

自分で絶対に纏いたい着物、私でなくてもいいから似合う美しい人に着てもらって幸せになってほしい着物、沢山あります。

でも私は全く着物に関心のない人に無理やり着物の良さを押し付ける気はないです。洋服が大好きだった私だから洋服でいいわ!って気持ちもすごいわかります、

さらにはもっと着物を着ている人を増やしたい!とも思っていません。 そんなことをしなくても素敵なものはいつの世の残るし、無理やりなこじつけの伝統はいつか自然に廃れるものです。

でも着たい!と思ってくれてる人には私のできる限りのお手伝いはしたいなといつも思っております。

私はまだまだ未熟で無知ですが、海外での苦労、お金がない時の苦労(今もあんまり無いけど)、ジロジロ見られる苦労(?)

私の自身に起こった経験からの乗り越え方は色々培って来たのではないかな?と思っています。

そんなこんなでこれからもインスタやブログを使って私の着物恋愛トークをぼちぼちとしていきたいと思います。

最後にもう1つ名言で今回の締めくくりにしたいと思います。

 

恋愛はチャンスではないと思う。

私はそれを意思だと思う。

ー 太宰 治 ー

 

なんでサラちゃんなの?

突然ですが私のSala Okabeというのはビジネス名です。

本名はオカベ マリと言います。

全然違います。

なのでメルボルに住んでいる私の友人には「マリ」と呼ぶ人と「サラ」と呼ぶ人2種類おられるので時々困惑されます。私的にはどっちで呼ばれようと構わんのですが、最近はサラちゃんの方がメジャーになって来たかな?と思います。

で、なんで名前を変えたのか?ってとこなんです。

私も出来るの事なら本名オカベ・マリで行きたかったのですが、ちょっと問題がありました。

15年前私は大阪に住んでいたんですが、その頃自己紹介をするたびに「ぷぷっ」と笑われていたのです。

そう、その当時大阪で絶大な人気番組「探偵ナイトスクープ」の秘書を務めておられる方が岡部まりさんでした。

当時の探偵ナイトスクープ様より

なので病院に行って待合室で看護婦さんに「オカベ、オカベマリさん」なんて呼ばれようもんなら全員こちらを振り返る始末です。「中森、中森明菜さん」って呼ばれているようなもんです。

その振り返った方が私を見たときのがっかりした顔と言ったら・・。

そんなこんなでビジネスをスタートしようとなって自分のウェブサイトを作ろうと思ってネットで「オカベマリ」を検索したら出るわ出るわ探偵ナイトスクープ&岡部まりのオンパレード・・。

こんな中で私の名前を出したとしても検索のトップに上がってくるはずも、検索したい人が名前を入れて見つかりやすいはずもない!こんなところで「秘書・岡部まり」と張り合っててもしょうがない!と思い独自のビジネス名をつけることにしました。

もともと他の着物サイトを運営してた時もSalaは使っていたのですが、それをただ持って来てSala Okabe。

この名前の重要なところは名前に「L」が使われている事です。日本名のサラを英語表記する時、普通SARAで「R」になります。 なのでLが使われることは殆どない。私の名前をググった時にトップに来やすい。サイトを間違える可能性もぐっと減ります。だからと言ってまりで「Mali」にするとなんか名前っぽくないから却下でした。

あとに日本人にも外国人にも呼びやすく簡単な名前、Lがついているからと言ってLinda(リンダ)とかはこっぱずかしいし・・。

あとはどこか和服に関係したものの感じのサウンド「更紗(さらさ)」のサウンドも入れてSalaしました。

なのでいわゆるSEO対策ってやつです。

ただそれだけのお知らせでした。

タモリ倶楽部的な着物教室にはまっております。

メルボルンはロックダウンが絶好調に行われております!引きこもり生活第2ラウンドでございます。

最近過去最高にコロナの新規感染者が出ておりまして、今週から外出時のマスク着用が義務付けられるようになりました。違反したら$200ドル(1万5千円くらい?)の罰金・・おおう・・まさにNO MASK NO MONEY!

元々マスクを日常に全く着用しないお国柄でして、去年の今頃は花粉症などでマスクなんてして出かけようものなら、ばい菌を見るような目でギョッとされたのですが、この数カ月で世の中はすっかり変わってしまいました。

どのくらいのレベルで変わったかとたとえ話で説明しますと、日常の生活の中であまり外出時にサングラスをかけない日本人、常にかけてる人を見たら「あの人めっちゃカッコつけてるか芸能人かなんかかな?」とちょっと異様な目で見られていたのがいきなり数ヶ月後にはサングラス着用義務がお上から出て、外出したらみんながサングラス、サングラスしてないと冷たい視線を感じる・・「いやいや、ちょっと前までみんなおかしいって思ってたやん!」てな感じの異様な光景です。

さてさて、そんな中、私も仕事がまともに出来ない感じですが、それをいい口実に毎日楽しく遊んでおります。

遊んでいると言ってもトルソーちゃんに着付けしたり自分で着物を取っ替え引っ替え着て見たりと見た目には仕事してた時とあんまり変わらないという・・。

ただお客様の為に着付け考えてるか(仕事)自分の自己満足の為に着付けしてるか(遊び)その違いだけで、結局暇さえあれば着物を引っ張り出して来て色々なんかしております。1日着物とカメラ遊びに明け暮れていられたらどんなに楽しいか・・(いや、仕事でもやっとるやんけ・・)

てな感じで、このロックダウンでハマってることは「歴史着付け」でございます。

歴史着付けと言ってもこのような太秦映画村的な着付けでなく、

太秦映画村さんの変身体験

大正から昭和初期くらいの一般のご婦人達が着ていたような着物スタイルを探求して、実際やってみて、ただ1人でニヤニヤするという誰のなんの役にも立たない着付けなんですが、

「昭和モダンキモノ」より

この私のツボる世界に精通している最強ヲタ先生をインスタで見つけてしまいまして、

https://mayunabeeee.com

ブログを拝見させていただいたらトップからこれでお出迎えですよ。

もう私の心はノックアウトです。

私のタモリ倶楽部的な「どーでもいい事に無茶苦茶のめり込む精神」がここからもう燃え上がります。

いやぁ良い時代になりましたね、オンラインでこんな素敵な講座が世界のどこにいても受けられるなんて、しかもお値段も超良心的。

今まで3講座コンプリートで受けさせていただきました。

「元祖お太鼓講座」「帯板・帯枕講座」「昭和初期の奥様の着付け方講座」

感想を言わせていただくと、いやぁもう・・

本当にどーでもいい!笑 

現代の着付けからしたら本当にどーでもいい事!

しかし個人的に絶賛感動中という内容になっておりました。笑

というのも、現代の着物というものの形が完成されたのが大体江戸の後期くらいでして、(それ以前は和服は色々形変わってるんですよ)そっから現在令和まで「着付けの流行」という形でスタイルの変化があったんです。昭和初期から昭和中期、今とでは着付けの流行が全然違うんです。和服というのは洋服と違い、とても二次元な衣服でありまして、着せる人、もしくは着る人がその形を作っていくんですね。着る時がパターン作りの役割をしているんです。帯が特にわかりやすいですね、

Sala ちゃんのアレンジ帯集

もともとただの一反木綿の帯がいろんな形にアレンジされていく。着物も着る時点で好きな形を作っていくんです。まさに「着る折り紙」なんです!

その中で私が一番好きなのが大正から昭和初期1910〜1920年頃にかけての着付けなんですが、何ていうか、もったりと、ふっくらと、優雅で女性の美しさを存分に引き出したそれはそれは美しい着付けなんですけど、現代の着物でそれをやってもあんまり美しく見えないのは今の着物のデザインは今の着付けが美しく見えるように出来ているからでしょうかね。

でもこの教えていただいた着付けでアンティーク着物を着ると、私の大好きな形に着付けが決まるんですよ!衿も無理やり出さなくてもゆったりと、おはしょりもあまりぴっちりする事なくもったりと体に沿うような着付け・・。

丸帯で元祖お太鼓結びをしてみました。

なんかちょっとこんな時代に近づいて来たかな?

画像:岸和田市立図書館様より拝借

ちなみにですが、この女性は黒紋付に襲着てますね。あの今でいう喪服って呼ばれるやつです。ほんとは黒紋付この女性のように襲を下に着て(もしくは比翼仕立てで)慶の席にも着られる着物なんですよ!私はいつかこれがやりたいのだ!

あとは教えていただいた「あの」衿芯さえあれば衿のゆったりカーブも完璧だわ!

せっかくなので家にあったアンティーク黒留を着てみたのですが、長着の中に着る襲(昔は着物を2枚重ねて着ていました)が倉庫にある事に気づいて、こんな私の自己満足の着物遊びなど、不要不急以外の何ものでもないので、襲を取りに行けずでとりあず1枚だけの長着で丸帯を元祖お太鼓にしてみました。黒留のお引きずりで着ていた頃のなのでかなり上まで柄があっておはしょり作ったら上が切れてしまいました!

でもこれこれー!私の理想の着付けスタイル。「アンティークにはこのスタイルが一番美しく見えるわー。」と勝手に自己満足に浸って潰れて夕日が沈んで失った事に気付く貴重な半日の時間・・。

着付け教室というものが確立される前のご婦人たちの着付けはそれはそれは優雅で自由で遊び心に満ち溢れているように思えます。

だってただの「着るもの」ですよ。そこに自分なりのおしゃれ心を盛り込むのは当然のこと。

いつの時代も女はその当時の流行を交えながら自分のおしゃれを楽しむのよね。

呼ばれるか呼ばれないかも定かでない、甥っ子と姪っ子と自分の娘と息子のあるかないかもわからない結婚式のために着ようと思っているアンティーク黒留袖やら色留袖やらが溜まって着ております。 溜まりに溜まって来て、私も花嫁に合わせてお色直しをしないと間に合わないかもしれません。

そんな時代を超えた着物ヲタワールド、ぜひ体験してみてください。

あ、ちなみにお洋服はこんな感じの50年代スタイルが一番好きです!

味噌汁を味わうように和服を着るのだ。

今までにこんな経験は無いでしょうか?

待ちに待った1週間のフランス旅行。パリのレストランやカフェを廻ってグルメツアー。最初の1、2日目、パンやチーズのおいしさに「やっぱりヨーロッパだよね」と感激。

しかし1週間も経つ頃、毎日食べる外国っぽい味ざんまいで胃袋ちょっとお疲れ気味で帰国。日本の自宅に帰ってき久しぶりに食べる炊き立てのご飯とお味噌汁の味。体中に染み渡る出汁の味・・・。「あー!日本人で良かった」と思うまさに至福の瞬間。

実はこれ、「食」だけでなく「衣」でも起こりうることなんですね。

それが日本人における着物なんだと思います。

自分にその瞬間が訪れたのは忘れもしない24歳の時でした。


10代の頃まではアメリカの50‘sファッションやカルチャーが大好きで、その50’sの音楽の影響も受け、当時そのシーンが盛り上がっていたはロンドンに19歳の頃遊び半分、英語半分で留学していました。

ロンドンの50‘sシーンのファッションはめちゃめちゃカッコよく、クラブで盛り上がっている50’sスタイルのファッションに身を包んだイギリス人の女の子達はまるで映画のワンシーンを見ているようでした。私も少ない小遣いを貯めて古着屋さんを巡り同じようなファッション真似しましたが、どう頑張っても彼女たちのように可愛くなるには程遠い感じでした。

不完全燃焼のまま月日が経って日本に帰国し数年日本で働いた後会社を辞め、3ヶ月アジアを放浪する事になりました。

インド放浪している途中ガンジス川のほとりで見た川で洗濯する女性たち。朝日に照らされて彼女達が着ているサリーはキラキラと輝いているようでした。

お世辞にも裕福と言えない彼女たちの衣装でしたが、その美しいインドの光景と重なって、これほどまでに民族衣装と言うものはその土地の女性を美しく見せるのかと感動したものです。その瞬間全く予想をしていなかった考えが頭をよぎりました。

その5秒前まで全く興味が無かった自分の国の民族衣装。着物が着てみたい!と。

日本に帰ってくるやいなや、何も知識がないのに呉服屋さんに飛び込み、とりあえず店頭のワゴンに入っていた居酒屋のスタッフが着ているような2部式の着物をこれなら自分で着られるだろうと買い、家に帰り試着。2部式着物はラップスカートと上が紐で縛るだけのカーディガンのようなものなので誰にでもすぐ着られます。

お世辞にも素敵な気姿とは言えなかったと思いますが、その瞬間に海外旅行後の炊きたてご飯と味噌汁を口にしたときのような遺伝子レベルで染み込む感覚。

体になじむ不思議な感じ。これ絶対日本人の私に似合わない筈が無い!と思った瞬間でした。

今まで50年代のアメリカンファッションが好きだった私は、どうあがいてもドレスは私の体になじまないと言う悩みを持っていましたがそれを一気に克服した気分でした。

そこからあの時代はyoutubeもなかったので近所の教室で基本的な着付けを習い、何とかそこからも独学で練習して自分で着られるようになり、たくさんの買い物の失敗しながらも、だんだんと自分のスタイルと言うものが分かってきました。やはりアメリカの50年代のファッションやデザインが好きなのは今でも変わりませんが、着物をベースとしてその上に自分の好きなデザインを盛り込むことによって、等身大でありながらも自分の憧れるスタイルに持っていくという技も学びました。自分の好きなスタイルでいながらも着物を着こなす事は可能なんです。

今世では残念ながら憧れのグウェン・ステファニーみたいなルックスで産まれなかったけど、日本人として生まれ持った自分の土台の中でどう勝負するか、何が似合うのかを考えるようになりました。

今までディスアドバンテージだと思ってた背が低くフラットな体のライン、手足が短く胸やお尻が出ていない洋服の時のコンプレスクスだった要素が基本的には着物では全部アドバンテージであることもわかりました。

自分のありのままの体つきをアドバンテージにしながらも好きなデザインを着られる、そうやって私の着物好きはどんどん拍車がかかって行きました。

2002年には着物界のルネッサンス的事件Kimono道(現在Kimono anne)発行。まさに夢のような世界観・・。アァ、好きな着物を好きなように着ていいんだ!もうこの本に後押しされて着物が大好きになった女子も多いと思います。この辺からはもう私はこの沼から出ることは出来ないと確信しました。

それから約20年余りが経ち、オーストラリアに拠点を移動しましたが、今でも炊きたてご飯と味噌汁を食べるように着物を楽しんでいます。

体にまとって感じる「あー日本人でよかった」感。いつか皆さんも体験してもらいたいなぁ・・。

私の普段着のナカミ

この秋は、コロナの影響でめっきりお出かけする機会がなくなってしまいましたが、通常では着物を着てお出かけすることも多いです。今日は、よそ行きという感じでなく普通の日の私のお出かけ着の中身を紹介します。

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これはは全くの私流ですので、流行りのすっきりきれいな着姿的なものを求める方にはあまり参考にならないかもしれません。

またこうしたら良いよ!と言うコツ的な感じなわけでは無いのですが、「ふーんこう言う人もいるんだな。」くらいに参考にしていただけたらと思います。

まずはパンツを履きます。(パンツの写真割愛)

その後ユニクロなどのカップ付キャミソールを着ます。寒いときにはババシャツも着ます。

腰巻をします。寒い時は2枚にします。腰巻は可愛い洋服用の生地で自分で手作りすることが多いです。上の部分は晒布にして紐付けています。やはりここは歩いているとチラリと見えるところなのでかわいい布で行きたいところです。

和装ブラや補正タオル等は一切しません。何故かと言うと好きじゃないからです。もともと私は洋装でもブラジャーとかガードルとかはたまたストッキングもあまり好きではありませんので極力それらを着ないような感じでやっています。

その後胴の部分が晒布になってる半襦袢を着ます。袖は筒袖にしています。アンティークやヴィンテージなどセカンドハンドの着物を着ると袖丈がまちまちなのでそれに合わせて襦袢の袖丈を合わせていると、たくさん襦袢を用意しなければいけないので普段着は筒袖でおしまいにしています。これでも全然バレません(バレない理由は後で説明します)。よくあるこういうよくある半襦袢、日本で2、3千円で上下セットで売られている2部式襦袢なのですが、この片割れの上の部分の半襦袢がウチの販売用着物の搬入時に時々潜り込んでくるのです。ちゃんとした長襦袢などは、結構外国人の方達に人気で売れるのですが、この外国人からしたら謎の上半分アイテムは、あまり魅力がないようなので売れ残ります。かわいそうなので私が着てます。

それの袖のところだけちょん切って筒袖に直してから着ています。

私はかなり胸が薄く、補正や和装ブラをしない状態で着るので胸元に緩みが出来ます。

それに対する解決策は

「まぁこれが私の体なんだから。」

と、気にしない

です。

自分には着付けの本に出ているような気姿は求めてません。(でもお客さんはちゃんとするよ!)

その後に長着を着ます。この辺は特にコツもなく普通に着ます。

そして普段は帯は半幅帯にすることが多いです。半幅帯でカルタ結びなどで背中をぺちゃんこにしてます。普段は車を運転するのでぺちゃんこなのが好きです。帯板は以前紹介したエコバック底板帯板を使用してます。

簡単な帯締めをして、その後男黒羽織を着ることが多いです。ここで女羽織を着てしまうと、シルエットがとてもフェミニンになってしまうため(良いんだけどね、普通はそれで 笑)なんだか私っぽくないのでここはいつもメンズの羽織を着るのが私の中でお気に入りです。

あとメンズの羽織の良いところは袖のところが空いていないので、どんなに着物の袖丈がまちまちでも全然バレません。これが筒袖でもバレない秘密です。

 女羽織だと長着と羽織の袖の長さが合ってないのがバレます。

ハンカチも入れても落ちません。しかし帰宅後ハンカチ取り忘れて数ヶ月後、再度着た時にモニュモニュになったハンカチが発見される事件は時々起きます。

その後草履の時もありますが、ほとんどは靴下と革靴の方が多いかもしれません。理由は運転しやすいのと雨が降っても大丈夫なのとマニッシュなシルエットが私のスタイルにはしっくりくるかなぁと言う理由です。

そして帽子をかぶって完成と言ったところでしょうか。

着物でも洋服でも、服を着られるようになる事は練習すればできるようになります。(洋服だって昔は練習したでしょ?パジャマでおじゃま)

しかし自分らしい着方と言うのは長年かけて築き上げるものです。それは単純に「綺麗に着られるようになる」と言う感じでなく「自分らしく自分自身を輝かせるコツが掴めてくる」

私も完璧にできるようになったか?と言ったら決してそうでもありません。洋服着るときだって料理だって車の運転だってこれぞ完璧!と言うのはなかなかないように、全ては永遠に続く課題です。

でも1回目より2回目、2回目より10回目の方が良くなっていくのは事実です。

着物も最初の1回目は早ければ早いに越した事はありません。そして回数を重ねるに越した事はありません。

回数を重ねたぶんだけ自分の体が分かって来ます。自分の体の愛おしさが分かって来ます。

是非これから着物を着たいな、と思っている方がいらっしゃったら今ではYouTubeでもなんでもある時代だからとっかかりは簡単です。

あとは自分の背中をちょっと押してあげるだけよ。

貴方の背中とお財布を幸せにする、帯枕の作り方

帯枕、帯の枕。英語にしたら帯ピロ一・・・。

それは一体何なんでしょう?

着物を着られる方ならお馴染みのこの道具、でも着たことあまり無い方だったらナンノコッチャ?のマニアック道具。

帯枕とは、現在の帯結びの代表的スタイル「お太鼓結び」などに使われる帯の結んだ箇所の上の方に仕込んで、もっこりカーブを描かせるだけに発明された特殊アイテムです。

なんか着物着てる方の帯がこういう四角い形になっているの見たことあると思います。 これがお太鼓結びって言うのですが、この上の方のカーブを出すときに使んです。

名古屋帯や袋帯を使った帯結びには必要不可欠なこのアイテム、実は簡単に作ることができるのです!しかもとても安く!しかもしかも世界中どこにでも手に入りやすいもので!

これは私が作った帯枕たちなのですが(一番上のものだけ比較のため既製品を置いています。)

中身はなんと洗車用のスポンジです。

オーストラリアでもその辺の雑貨屋さんやホームセンター、はたまたスーパーマーケットで簡単に手に入れる事が出来ます。価格も100円から200円位の一般的な洗車用のスポンジです。

これをちょっとチョキチョキチョキチョキと削って好きな大きさに削っていくのですが、柔らかいので工作用のハサミでどんどん切れます。ほんとにそれだけであっという間に素晴らしい帯枕になるのです。

見た目はちょっと悪いので、可愛い布などで包んだほうが良いのですが、包む布のもゴワゴワしたものでやってしまうとそのスポンジの柔らかさが半減してしまうので柔らかめの布で包んであげて下さい。

これをさらにこのように30cmX150cmのガーゼで包んで使用するのです。(適当に縫っててごめんね)しかしロックダウン中と言う事もあり、現在私の手元にいいガーゼが無かったので、前にダイソー買ってあったガーゼを2つつなげて使っています。2つのつなげるとその縫い目から強度が弱くなってしまうので出来れば1枚の長いガーゼを使う事をおすすめします。

また海外の方で日本のガーゼが手に入りにくい場合は、チーズを漉す時に使うCheese Clothと言うものが調理道具屋さんや手芸屋さんで手に入りますので、これが日本のガーゼの代わりとして割と使える事が判明いたしました。

実はこの帯枕、材料が安いだけでは無いんです。お太鼓結びの時にはその良さが分かりづらいかもしれませんが、振袖などの変わり結びなどの時に素晴らしい本領を発揮します。

例えばふくら雀など変わり結びの帯枕の当たる箇所が平面でない場合として、この2つの枕で比較しながら検証していきます。

まずはウチの一番の旧型「スナ170円号」、背中に当たる面が、とても硬い厚紙のようなものでできています。

これがボコボコしたところに当たると旧型スナ170円号ですとその結び目あたりで隙間ができてしまい、どうしてもきつく帯枕の紐を締めるか思いっきりぎゅっとするしかないのです。

そしてこの「新型洗車スポンジ号」、


新型洗車スポンジ号ですとそのスポンジの柔らかさがボコボコ面に入り込み、モニュっとフィットする感じが分かります。

これをガーゼで包むと、ここの引っ張る圧力が全体的に分散されるため、(赤く塗った箇所参照)

帯枕は絶対ガーゼで包むのをお勧めいたします。旧型帯枕ですと細い紐などがあらかじめ付いている場合がありますが、あれは安定しないばかりか線で抑えるため安定しない上に、着ている側にも圧力が1箇所のみにかかるので痛くなりやすく、着る側着させられる側、どちらにもあまり嬉しくない感じです。(赤く塗った箇所参照)

できれば細い紐を使わずに、面で圧力を分散させるガーゼ、(もしくはお好みでストッキングの方もいらっしゃると思います。)引っ張るところが広い面で力が分散されるものを使うのをお勧めいたします。

この洗車スポンジ枕のもう1つの利点は、飾り結びや体型に合わせていろんな大きさに調整して作れることです。コスパも良いので理想の形や大きさに合わせてどんどん作れます。

お子さま用や帯に小さな丸みを作りたいときは小さめの帯枕。どっしりさせたい時は大きめ。

用途に合わせてあっという間に作れます。

海外でも手に入りやすいもので作る帯枕、ぜひお試しあれ!

呉服と流行

今日は5月29日529(ゴフク)のごろに合わせて呉服の日と言う事だそうです。

呉服と言ったら着物のことを連想しますが、実は呉って中国戦国史なんかで耳にする魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)の呉から来ています。
その当時は日本の主流の織物は麻や綿が主流でしたが、海外の呉の国から絹織物が日本に伝わり、その織物で作られた服が「呉服」と言う形の最初だったそうです。

いつしか時が経って着物全体のことを呉服と言うようになり、着物屋さんのことを呉服屋さんと呼ぶようになったとか。

その観点で言うと、呉服と言うのはその当時の中国から入った織物で作った全ての服と言う形になりますので、ドレスでもその織物で作れば呉服になっちゃうので、厳密にくくると、今で言う着物とはちょっと意味合いが変わってきますね。まぁそこまでうるさく言う人はいないと思うけど・・。


着物とは日本の伝統的な衣装として知られておりますが、実は昔からいろんな海外の影響を受けてさまざまに変化してきました。今で言う「着物」の形が完成されたは江戸時代の後期だそうです。 それぞれいろんな流行り廃りがありながら着物は変化し続けて来ました。

どんな衣服でも生きたファッションと言うものには流行はつきものです。

「流行」 流れて行くもの。

いつの時代でも流れていなければいけません。流れが止まった川は死んでしまいます。マナーを重んじる場でもそれなりの今の流行に乗った着物の着方を守らなければなりませんが。それすらも時代と共に人々の受け止め方はゆっくりと流れています。

着物はいろいろな形で影響受けながら、これからも何百年もかけてちょっとずつ変わっていけるいくもの、流れていくものそして変わっていく可能性がある服だと思います。

伝統が失われるからというからと言う義務感で着なければいけないのではいつかは着物は廃れます。

いつの時代もワクワクさせてくれるもの、自分自身を輝かせてくれるものという認識であればこれからも新しい流行を作りながら着物は存在し続けるのではないかな?と思うのです。

着物スタイリストとして海外で仕事をスタートした最初の1歩

先日はビクトリア州ロックダウン緩和から、久しぶりに友人のフォトグラファーに誘われて作品撮りをしてきました。2ヶ月以上家に引こもっていまして、ステイホームが楽しくて楽しくて仕方ない状態にまでなって来てしまって、

「このまま自分どうなっちゃうのかな?」とふんわり思っていましたが、案外あまりにもあっさりと前のワクワクした感覚で作業が出来た事が何かちょっと嬉しかったりもしました。

さて、今日は私がオーストラリアで着物スタイリストとして仕事しようと決心してからどうやって自分のキャリアを0からステップアップして行ったかと言う事を少しお話ししたいと思います。(と言ってもまだそれほどステップもアップしてないが)

約6年前、自分は着物スタイリストでやって行こう!と決心しましたが、やはり日本のような着付けと言う文化がない分着物と言うものがどういうものか、着物スタイリストと言うものが何なのか?と言う事を全く分かってもらえて無いところからのスタートになります。

着物と言うものすらよく分からない人々が大半の中で自分のオリジナリティーを出しながらどういう風に着物スタイリストというもの認知してもらうのかな?そっからスタートです。

まずは「ビジュアルにうったえてなんぼや!」てな感じで写真の作品が1番わかりやすいかと思い、そっちが何とかならないかな?と考えてみる事にしました。

と言ってもフォトグラファーさんの知り合いなどいないし、右も左も全然何もわからない時点で、何のコネクションもないままゼロからのスタートです。 こちらで着物着付けの資格を持っていても全く役に立ちません。

何しろ着物の資格と言うものがどういうものか、それ分かる人すらいないし、着物を自分で着るとか着ないとか、着せてもらう衣服が存在するか、まずそういう事がよくわからない次元からのスタートになります。0というよりマイナス20くらいからのスタートです。 でもなんとかしてアピールしなければなりません。

写真を撮ってもらうにはまず作品撮りと言う形から入ります。作品撮りとは自分達の制作作品としてPRすることを目的として行う撮影の事です。

まず何かしらの作品撮りに参加させていただきます。私がスタイリストの場合はスタイリストとして仕事をします。そしてその関わった写真作品が私のスタイリスト作品としてフォトグラファーさんからいただけます。 それを何回か繰り返し出来た作品を自分のポートフォリオを作るために貯めていきます。ポートフォリオとはいわゆる自分の作品集みたいなもので、自分はこんな仕事が出来ます!とビジュアルで見せる履歴書です。

沢山撮影をして、自分の写真作品をどんどん貯めて行ってポートフォリオを作ります。そのポートフォリオを見てもらうことで自分の仕事を認知してもらうと言うのがこちらの一般的なやり方なんではないかと思います。

私はどこかに就職試験を受けに行ったわけではないですが、インスタグラムが自分のポートフォリオという感じになってます。 

こちらではクリエイター系は何かの仕事の話になると「What’s your Instagram?」とよく聞かれます。 インスタグラムの投稿=この人の世界感という事で、その自分のインスタアカウントの投稿が魅力的だと撮影にこぎつけたり、仕事のお誘いがかかったりするので、かなりインスタグラムは重要です。 

ここで自分のインスタの写真が最近食べて美味しかったおやつや家族旅行の思い出など、あまりに個人的な写真ばかりだと相手に強いインプレッションが与えられないので、インスタアカウントはプライベート用と仕事用と分けておくのがおすすめです。

んで、作品撮りの話に戻ります。

さて作品撮りやりたい! でも全くコネクションがない!てな状態での海外でいきなり一緒にやってくれるフォトグラファーさんやモデルさんを見つけるのは至難の技です。ましてや金が無い下積み時代。いちいち作品撮りのためにこれらにお支払いしていたら破産してしまいます。

そんな方達はTFPと言う言葉を覚えておいてください。TFPとはTrade For Print の略、モデルとフォトグラファーさんの最初のお約束といいますか私はただで写真を撮ってあげるから代わりにモデルをしてくれる?てなお約束みたいなものです。

フォトグラファーさんモデルさんスタイリストさんヘアメイクさん、みんな学生などキャリアがないうちは、ポートフォリオ作りたいけどモデルを雇ったり、フォトグラファーさんを雇ったり、お金がかかる事はなかなかできません。なのでお互いの自分のできるスキルを出し合い完成した写真をみんなでシェアすると言うシステムで、それぞれの才能を持った人たちが集まって無償で作品撮りをすると言うのがこのTFPになります。これが最初のポートフォリオ作るスタートになるかと思います。私はこのコラボレーションのやってくれるフォトグラファーさんを探すのにまずはMelbourne Creative Networkと言うFacebookページから頑張って探しました。

そこで自分に合った作品撮りの募集を選び、私はこういう者です、こういう風なことが出来ます!と簡単な紹介をして、お互いの返事が良ければそれでオーケーになって作品撮りのステップに進むことになります。

うちの場合はTFPに応募して最初にやらせていただいた作品はカメラを学んでいた学生さんの課題のための作品撮りに加わらせていただいたものでこちら、

ジャパーンというよりアジア色を出したいとのことだったので着物を後前に着させてアジアっぽくしてみました。

そうやってどんどん回を重ね自分の作品が溜まっていきます。 溜まった作品は段々とインスタなどでアピールしていくと、ちょっとづつですがフォロワーがついてきたりしてやっている事に理解をもらえると、お仕事をいただけるような事も出てきます。

ここで大事なのは、このTFPは学生時代や下積み時代だけの話でプロでやっていけそうと思った時点でこのTFPから卒業する事が大事です。 どんなクリエイターさんでも、ずっとただで仕事を頼まれていたらその業界自体が死んでしまいます。 自分もお金をちょっとでもいただけるようになったら、他のクリエイターさんの才能も尊重するのはマナーです。

私ももうあまりこのTFPはやりませんが、初心のクリエイティブな気持ちになりたい時は信頼のおけるメンバーでとならやる事もあります。でも最初の頃の下積み時代のTFPとある程度キャリアが出来てきた後のそれとでは全然クオリティが違ってきます。だって自分のレベルが上がると同時に才能を出し合うアーティストさん全ての方のメンツも上がるからそりゃもっといいもの出来ますわな。

後もう1つ大事なことは、投稿し続けることです!作品は出来た時はとても嬉しいので、沢山連続で投稿したくなります。ですがどうしても1週間2週間と感覚が空いてしまうと、いきなりやる気が失せてしまったりしてモチベーションは急降下。そう言った感じで何ヶ月も間が空いて行く・・。

見ている相手側からすると、この人はもしかして辞めてしまったのかな?もうやる気がないのかな?と思われがちです。

重要なのは間を開けないこと。毎日でもなくていいのでゆっくりとコツコツと長い間やり続けるっていうのはとてもシンプルでいながらとても大切な事です。それをやっているといつか厚みのある自分の歴史ができてきます。 作品ができなくても自分がまだこの仕事が好きです的なアピールの投稿で十分だと思います。

そういった中で「あの人こんな事してる人なんだな」という記憶を人々の頭の片隅に植え付けてゆくのです。

そのうち知り合いの知り合いで、こんな人がこんなことを探していたけどあの人こういう事が出来るんだったよな・・と人の繋がりがいつしかだんだん大きくなって来てお仕事がもらえるような時が来ると思います。 色んなシステムが分からない海外で何かを0から1にするというのはとても大変なことではあります。でもそこを上手くクリアすると1から2回から3回とだんだんとコネクションが広がり確実にステップアップ出来ると思います。

また海外だと言語の問題。やは技術だけではどうしようもない場合も多々あり、コミニケーション力というのも必要不可欠な問題にはなります。円滑に人とのコミニケーションの中で新しいものを作っていくと言うのは、どこの国でも同じことです。なので日常の簡単な会話以上は出来るようにしておくのも重要な事です。

こんな感じで私の着物スタイリストとしての始まり方を紹介させていただきました。

どんな仕事でも海外でスタートするのはとても大変で勇気がいる事です。私もまだまだスタート地点から2、3歩進んだだけではありますが、この経験が何かのお役に立てれば幸いです。

日本では着物警察ってのがいるらしい。

日本を離れて15年。その間にいろんな新しい言葉が出てきて、ついていくのが大変です。

ちょっと前からですが着物警察呼ばれる方が居るとか居ないとか、そんな話をよくネットなどで目にします。

赤道越えたをメルボルンで15年ほど着物生活を楽しんでいますが、こちらではそのような警察にお会いした事は無いので普通の警察に駐車違反で捕まって涙を流しながら罰金くらいの苦い思い出しかありません。

しかしやはり日本に住んでいた頃、着物姿で街を歩いていると着物にブーツなどメインストリームでない着方をしていたと言うのもありますが、あからさまに指をさされたり、通りすがりのおばちゃんが「なんかすごいカッコしている!」などと聞こえるようにお話をされているのを耳にした経験したことがあります。

それだからといって自分の着方にある程度の考えがあってやっていた事でしたのであまり気にも留めなかったのですが、やはり着物を着始めてまだあまり自分のスタイルというものが確立する前の時点で同じようことを言われた方がいらっしゃるとしたら、それは結構心折れるんではないかなーと思うんですよ。

私は今オーストラリアで着物着て出かけることがありますが、どんな着方をしていてもゴージャス!と褒められるだけで、批判をされた事は無いのですが、やっぱりそれぞれの文化を尊重する国柄と言うものもありますし、着方にうるさい人がいないと言うのもやっぱり現実ではあります。

ではもし着物を着ていて着物警察に遭ってしまった場合、自分だったらどうするかな?と言うことをちょっと考えてみました。

まずその方が、その時洋服を着ていたにしろ着物を着ていたにしろ、「この人の着姿素敵!真似したいわ!」って思うようなお方でしたら、そのアドバイスをありがたく聞いておくのもいいかもしれません。逆にもしその方のその時の服が洋服にしろ着物にしろ自分のセンスと合わなかった場合・・(ぶっちゃけちょっとダサいって思っちゃった場合) 適当に「勉強になります」と流してその場を立ち去れば良いのではないかと思います。

着物警察と言うものも、調べてみたらわりと昭和の初期頃から形を変えて存在していたようで、ちょっと歴史が深いものではあるようですが、いつの時代でもどんなことにおいてもそう言った方たちは一定数出てくるのは自然なことかと思います。

フォーマルな席でない限りは、自分のために着ると言う形である程度プライドを持って生き生きと楽しそうに着ているのが1番だと思います。

洋服にしろ着物にしろ自分が大好きな服を着ているときは、自分に自信が満ち溢れていると思います。

ちなみに海外在住者は現地で着物デビューってのもアリだと思いますよ!最初はみんなに褒められると自信がつきます。こちらでは結構どんな格好でも褒められます 笑。そこで自信がつくまで練習してから日本で逆デビューってのもありかもですよ。

画像は、着物警察はペッパー警部みたいにこんなんだったら嬉しいなの理想画像。