8月は毎年一番暇な時期なのですが、ありがたいことに今年は色んなイベントに呼んでいただき、なんだかバタバタしております。
もうすぐなんだかんだで七五三撮影イベントの準備もしなきゃであっという間。
今日はクライアントさん待ちの時間が出来たので、またブログを書けます!
シティでコーヒー飲むのは大体ここ、ラーメン屋とカフェは一度居心地がいいと感じたら浮気はあまりしません。
カフェ文化で有名なメルボルンですが、私はそこまで舌が肥えていないので、コーヒーの味より居心地重視です。
有名カフェともなると店員もお客さんも殺気だっているので、そこまでして美味しいコーヒーにありつきたいと思わない私です。 ちなみにラーメン屋さんも並んでまで食べるの苦手です。
というわけで今日は「着物を着る」ということについて自分の考えをお話しします。
私は自分で着物を着るようになって20年以上経ちましたが、今になっても「正解の着付け」が何なのか分かりません。
それ故に、なかなか着付け教室をお願いされても一歩が踏み出せないままいるのです。
教える側が正解をわかってないのに、教わりたい人にどうやって教えたらいいかわからないからです。
だって大体みんな「着られる」んですよ。 本当に、誰に何も教わらなくても。
何も見なくても。
みんなまずそのことをわかって欲しい。
マジです。
今そこに着物があったらもうその瞬間に着られます。
着物を着るだけの教室なんて必要ないです。
今から文章で書きます。
まず羽織った後、右手にある方の袖に右手を通します。
左手にある方の袖に左手を通します。
まえがピラピラしてるので左右に回します。 適当なひもをウェストに回し縛ります。
これだけです。 バスローブと何ら変わりはありません。
これが「着物を着る」
という事です。
でも何で皆さん着られないというのか?
私の勝手な考えですが皆さん「着られない」のではなく「今の流行の形に着物をスタイリング出来ない」という事ではないんでしょうか?
皆さんが「着たい」と言ってるのスタイリングレベルって、
襟元はじゅばんの衿が耳下から少しづづ見えて、正面の中心で数センチ半衿が見えるように重ねて、胸元はすっきりと、衣紋は握りこぶし1つ分空いていて、
背中は無駄なしわはなく、おはしょりは帯下から7、8センチ見えててすっきりと、裾線は床からほんのちょっと上がる程度で
右前左前が決まってて、お太鼓結びは左右対称すっきりと、帯揚げも帯から少し顔を出してる程度ですっきりと、もう色々すっきり etc… etc…
これって着るっていうよりホント「スタイリング」ですよね?しかもここまでできてないと「着られない」って言うのってかなり着るだけのレベル高くないですか?
着るってさっきも言ったけど袖通して前がピラピラしないようにするだけですよ!江戸時代前期までは着物もそんなに長くなってなかったから庶民は本当にそれだけだったと思います。ただ、江戸時代後半になって着物が裾ずっちゃうくらい長くなちゃったから面倒さくなちゃった、もっと言えば着付け教室がチェーン展開して着物の着方を一定のルールに押し込めてからなんかおかしいことになって来ちゃったです。
で、着付け教室って着るための学校とおもいきや、着物のマナー学校も含んでいます。なので「この場にはこの着物は合わない」とかまで入ってます。
いや、合ってます、それは合ってます。着物によって着て行っていい場所とやめたほうがいい場所があるのはわかるけどそれはもう「着る」と関係ないですよね?
だったら着たいだけの人の「着る」場所と「着物スタイリングマナー教室」と分けなきゃだよね?
それより幾らか着付けるようになって来たら、自分で「自分らしい着付け・スタイリング」を研究していきましょう! おはしょりがぶかぶかでも美しく見える人もいます。衣紋が全然詰まっていても美しく見える着姿もあります。
合わせ方も経験です。
でもそれはなぜそうなのか?と言ったら自分のスタイルを貫いているからだと思います。 貫くにはそれなりに経験と研究があってこそです。その経験と研究は着てこそ身につきます。Youtubeでもいいから見て、勉強して着て着て着まくるんです!外にでる勇気がなかったら家の中で着まくる!!
そのうち5年10年とするとなんか分かってきます。20年経った私もなんとなく自分のスタイルは分かってます。でもまだ正解ではありません。
ばあちゃんになって死んだ時までも正解はないかもしれません。でもそれだからこそおしゃれは楽しいのです!
コーディネート力もそう
洋服だって同じ デニム生地だったら結婚式に着て行くの難しいとかジャージでパーティーには行かないとか洋服だったらわかるドレスコードも着物にはあります。 着物が難しいんでなくて洋服だって難しいけどみんなもう洋服の合わせ方は割と身についているから簡単に思えるだけです。おしゃれを楽しんでこそ身につくことは大きいです。
そう、必要なのは「着替え力」でなく「スタイリング力」なのではないかと。
お洋服ですと3次元なのでもう形はできてるわけです。なのでスタイリングというのは服と小物の合わせ方だけなんですが、着物は2次元なので着物と小物の合わせ方だけでなくどのようにフィッティングして行くかというところまでスタイリングなのです。
そう、その布をどのように持って来て、どこで縛ってどう見せるかというのもスタイリングなんですよ。
そしてスタイリングの正解は1つではないはずです。100人いれば100人のおしゃれがあるように100人いれば100人の着付けがあっていいはずです。同じ着物、同じ帯、同じ小物であっても 補正はするかしないか、半衿をたっぷり見せるか、衣紋を抜かないか抜くか、帯揚げをたっぷり見せるか見せないか、帯締めを帯のどの位置に置くかなどで表情が変わります。
なので着付け教室でこう言われたからこれが絶対の着付けの正解、そこから形がずれたら「着崩れてる」=いけない事ってなるの
ってなんかうーーん・・って思っちゃう。
いや、中居さんとか着物が制服の場所ならいいと思うのですが、それ以外の場所のおしゃれかどうか?ってもっと自分で考えるものですよね?
はっきり言って私は右前か左前かのルールですらどうでもいいくらいの考えなので(今の時代反対にしてると死人とか不吉とか言われますが、実はそれもそうなった深い歴史があってそれを知ってしまうと、今のご時世右前と左前も実はどうでもいいじゃんとなってしまうのですが、それを出すとこのご時世荒れそうなのでやめときます。気になった方は「右前 歴史」でネットで色々検索してみてね)
んで話は逸れましたが、んじゃ「着付け教室」って必要ないの?と思いきや、
私はスタイリング力の高い先生について教わるのは有益だと思います。
スタイリング能力の高い先生を見抜くにはインスタや雑誌、ウェブでチェックして
先生そのものが「うぁおしゃれ!」と単純に思うくらいかっこいい。
その生徒さんが素敵。
とりあえず、あの人たちみたいになりたい!ってところを探すといいと思います。目標が定まりやすいです。
というわけで、私の着物を着るという考えについてでした。