「思うこと」カテゴリーアーカイブ

味噌汁を味わうように和服を着るのだ。

今までにこんな経験は無いでしょうか?

待ちに待った1週間のフランス旅行。パリのレストランやカフェを廻ってグルメツアー。最初の1、2日目、パンやチーズのおいしさに「やっぱりヨーロッパだよね」と感激。

しかし1週間も経つ頃、毎日食べる外国っぽい味ざんまいで胃袋ちょっとお疲れ気味で帰国。日本の自宅に帰ってき久しぶりに食べる炊き立てのご飯とお味噌汁の味。体中に染み渡る出汁の味・・・。「あー!日本人で良かった」と思うまさに至福の瞬間。

実はこれ、「食」だけでなく「衣」でも起こりうることなんですね。

それが日本人における着物なんだと思います。

自分にその瞬間が訪れたのは忘れもしない24歳の時でした。


10代の頃まではアメリカの50‘sファッションやカルチャーが大好きで、その50’sの音楽の影響も受け、当時そのシーンが盛り上がっていたはロンドンに19歳の頃遊び半分、英語半分で留学していました。

ロンドンの50‘sシーンのファッションはめちゃめちゃカッコよく、クラブで盛り上がっている50’sスタイルのファッションに身を包んだイギリス人の女の子達はまるで映画のワンシーンを見ているようでした。私も少ない小遣いを貯めて古着屋さんを巡り同じようなファッション真似しましたが、どう頑張っても彼女たちのように可愛くなるには程遠い感じでした。

不完全燃焼のまま月日が経って日本に帰国し数年日本で働いた後会社を辞め、3ヶ月アジアを放浪する事になりました。

インド放浪している途中ガンジス川のほとりで見た川で洗濯する女性たち。朝日に照らされて彼女達が着ているサリーはキラキラと輝いているようでした。

お世辞にも裕福と言えない彼女たちの衣装でしたが、その美しいインドの光景と重なって、これほどまでに民族衣装と言うものはその土地の女性を美しく見せるのかと感動したものです。その瞬間全く予想をしていなかった考えが頭をよぎりました。

その5秒前まで全く興味が無かった自分の国の民族衣装。着物が着てみたい!と。

日本に帰ってくるやいなや、何も知識がないのに呉服屋さんに飛び込み、とりあえず店頭のワゴンに入っていた居酒屋のスタッフが着ているような2部式の着物をこれなら自分で着られるだろうと買い、家に帰り試着。2部式着物はラップスカートと上が紐で縛るだけのカーディガンのようなものなので誰にでもすぐ着られます。

お世辞にも素敵な気姿とは言えなかったと思いますが、その瞬間に海外旅行後の炊きたてご飯と味噌汁を口にしたときのような遺伝子レベルで染み込む感覚。

体になじむ不思議な感じ。これ絶対日本人の私に似合わない筈が無い!と思った瞬間でした。

今まで50年代のアメリカンファッションが好きだった私は、どうあがいてもドレスは私の体になじまないと言う悩みを持っていましたがそれを一気に克服した気分でした。

そこからあの時代はyoutubeもなかったので近所の教室で基本的な着付けを習い、何とかそこからも独学で練習して自分で着られるようになり、たくさんの買い物の失敗しながらも、だんだんと自分のスタイルと言うものが分かってきました。やはりアメリカの50年代のファッションやデザインが好きなのは今でも変わりませんが、着物をベースとしてその上に自分の好きなデザインを盛り込むことによって、等身大でありながらも自分の憧れるスタイルに持っていくという技も学びました。自分の好きなスタイルでいながらも着物を着こなす事は可能なんです。

今世では残念ながら憧れのグウェン・ステファニーみたいなルックスで産まれなかったけど、日本人として生まれ持った自分の土台の中でどう勝負するか、何が似合うのかを考えるようになりました。

今までディスアドバンテージだと思ってた背が低くフラットな体のライン、手足が短く胸やお尻が出ていない洋服の時のコンプレスクスだった要素が基本的には着物では全部アドバンテージであることもわかりました。

自分のありのままの体つきをアドバンテージにしながらも好きなデザインを着られる、そうやって私の着物好きはどんどん拍車がかかって行きました。

2002年には着物界のルネッサンス的事件Kimono道(現在Kimono anne)発行。まさに夢のような世界観・・。アァ、好きな着物を好きなように着ていいんだ!もうこの本に後押しされて着物が大好きになった女子も多いと思います。この辺からはもう私はこの沼から出ることは出来ないと確信しました。

それから約20年余りが経ち、オーストラリアに拠点を移動しましたが、今でも炊きたてご飯と味噌汁を食べるように着物を楽しんでいます。

体にまとって感じる「あー日本人でよかった」感。いつか皆さんも体験してもらいたいなぁ・・。

私の普段着のナカミ

この秋は、コロナの影響でめっきりお出かけする機会がなくなってしまいましたが、通常では着物を着てお出かけすることも多いです。今日は、よそ行きという感じでなく普通の日の私のお出かけ着の中身を紹介します。

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これはは全くの私流ですので、流行りのすっきりきれいな着姿的なものを求める方にはあまり参考にならないかもしれません。

またこうしたら良いよ!と言うコツ的な感じなわけでは無いのですが、「ふーんこう言う人もいるんだな。」くらいに参考にしていただけたらと思います。

まずはパンツを履きます。(パンツの写真割愛)

その後ユニクロなどのカップ付キャミソールを着ます。寒いときにはババシャツも着ます。

腰巻をします。寒い時は2枚にします。腰巻は可愛い洋服用の生地で自分で手作りすることが多いです。上の部分は晒布にして紐付けています。やはりここは歩いているとチラリと見えるところなのでかわいい布で行きたいところです。

和装ブラや補正タオル等は一切しません。何故かと言うと好きじゃないからです。もともと私は洋装でもブラジャーとかガードルとかはたまたストッキングもあまり好きではありませんので極力それらを着ないような感じでやっています。

その後胴の部分が晒布になってる半襦袢を着ます。袖は筒袖にしています。アンティークやヴィンテージなどセカンドハンドの着物を着ると袖丈がまちまちなのでそれに合わせて襦袢の袖丈を合わせていると、たくさん襦袢を用意しなければいけないので普段着は筒袖でおしまいにしています。これでも全然バレません(バレない理由は後で説明します)。よくあるこういうよくある半襦袢、日本で2、3千円で上下セットで売られている2部式襦袢なのですが、この片割れの上の部分の半襦袢がウチの販売用着物の搬入時に時々潜り込んでくるのです。ちゃんとした長襦袢などは、結構外国人の方達に人気で売れるのですが、この外国人からしたら謎の上半分アイテムは、あまり魅力がないようなので売れ残ります。かわいそうなので私が着てます。

それの袖のところだけちょん切って筒袖に直してから着ています。

私はかなり胸が薄く、補正や和装ブラをしない状態で着るので胸元に緩みが出来ます。

それに対する解決策は

「まぁこれが私の体なんだから。」

と、気にしない

です。

自分には着付けの本に出ているような気姿は求めてません。(でもお客さんはちゃんとするよ!)

その後に長着を着ます。この辺は特にコツもなく普通に着ます。

そして普段は帯は半幅帯にすることが多いです。半幅帯でカルタ結びなどで背中をぺちゃんこにしてます。普段は車を運転するのでぺちゃんこなのが好きです。帯板は以前紹介したエコバック底板帯板を使用してます。

簡単な帯締めをして、その後男黒羽織を着ることが多いです。ここで女羽織を着てしまうと、シルエットがとてもフェミニンになってしまうため(良いんだけどね、普通はそれで 笑)なんだか私っぽくないのでここはいつもメンズの羽織を着るのが私の中でお気に入りです。

あとメンズの羽織の良いところは袖のところが空いていないので、どんなに着物の袖丈がまちまちでも全然バレません。これが筒袖でもバレない秘密です。

 女羽織だと長着と羽織の袖の長さが合ってないのがバレます。

ハンカチも入れても落ちません。しかし帰宅後ハンカチ取り忘れて数ヶ月後、再度着た時にモニュモニュになったハンカチが発見される事件は時々起きます。

その後草履の時もありますが、ほとんどは靴下と革靴の方が多いかもしれません。理由は運転しやすいのと雨が降っても大丈夫なのとマニッシュなシルエットが私のスタイルにはしっくりくるかなぁと言う理由です。

そして帽子をかぶって完成と言ったところでしょうか。

着物でも洋服でも、服を着られるようになる事は練習すればできるようになります。(洋服だって昔は練習したでしょ?パジャマでおじゃま)

しかし自分らしい着方と言うのは長年かけて築き上げるものです。それは単純に「綺麗に着られるようになる」と言う感じでなく「自分らしく自分自身を輝かせるコツが掴めてくる」

私も完璧にできるようになったか?と言ったら決してそうでもありません。洋服着るときだって料理だって車の運転だってこれぞ完璧!と言うのはなかなかないように、全ては永遠に続く課題です。

でも1回目より2回目、2回目より10回目の方が良くなっていくのは事実です。

着物も最初の1回目は早ければ早いに越した事はありません。そして回数を重ねるに越した事はありません。

回数を重ねたぶんだけ自分の体が分かって来ます。自分の体の愛おしさが分かって来ます。

是非これから着物を着たいな、と思っている方がいらっしゃったら今ではYouTubeでもなんでもある時代だからとっかかりは簡単です。

あとは自分の背中をちょっと押してあげるだけよ。

呉服と流行

今日は5月29日529(ゴフク)のごろに合わせて呉服の日と言う事だそうです。

呉服と言ったら着物のことを連想しますが、実は呉って中国戦国史なんかで耳にする魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)の呉から来ています。
その当時は日本の主流の織物は麻や綿が主流でしたが、海外の呉の国から絹織物が日本に伝わり、その織物で作られた服が「呉服」と言う形の最初だったそうです。

いつしか時が経って着物全体のことを呉服と言うようになり、着物屋さんのことを呉服屋さんと呼ぶようになったとか。

その観点で言うと、呉服と言うのはその当時の中国から入った織物で作った全ての服と言う形になりますので、ドレスでもその織物で作れば呉服になっちゃうので、厳密にくくると、今で言う着物とはちょっと意味合いが変わってきますね。まぁそこまでうるさく言う人はいないと思うけど・・。


着物とは日本の伝統的な衣装として知られておりますが、実は昔からいろんな海外の影響を受けてさまざまに変化してきました。今で言う「着物」の形が完成されたは江戸時代の後期だそうです。 それぞれいろんな流行り廃りがありながら着物は変化し続けて来ました。

どんな衣服でも生きたファッションと言うものには流行はつきものです。

「流行」 流れて行くもの。

いつの時代でも流れていなければいけません。流れが止まった川は死んでしまいます。マナーを重んじる場でもそれなりの今の流行に乗った着物の着方を守らなければなりませんが。それすらも時代と共に人々の受け止め方はゆっくりと流れています。

着物はいろいろな形で影響受けながら、これからも何百年もかけてちょっとずつ変わっていけるいくもの、流れていくものそして変わっていく可能性がある服だと思います。

伝統が失われるからというからと言う義務感で着なければいけないのではいつかは着物は廃れます。

いつの時代もワクワクさせてくれるもの、自分自身を輝かせてくれるものという認識であればこれからも新しい流行を作りながら着物は存在し続けるのではないかな?と思うのです。

着物スタイリストとして海外で仕事をスタートした最初の1歩

先日はビクトリア州ロックダウン緩和から、久しぶりに友人のフォトグラファーに誘われて作品撮りをしてきました。2ヶ月以上家に引こもっていまして、ステイホームが楽しくて楽しくて仕方ない状態にまでなって来てしまって、

「このまま自分どうなっちゃうのかな?」とふんわり思っていましたが、案外あまりにもあっさりと前のワクワクした感覚で作業が出来た事が何かちょっと嬉しかったりもしました。

さて、今日は私がオーストラリアで着物スタイリストとして仕事しようと決心してからどうやって自分のキャリアを0からステップアップして行ったかと言う事を少しお話ししたいと思います。(と言ってもまだそれほどステップもアップしてないが)

約6年前、自分は着物スタイリストでやって行こう!と決心しましたが、やはり日本のような着付けと言う文化がない分着物と言うものがどういうものか、着物スタイリストと言うものが何なのか?と言う事を全く分かってもらえて無いところからのスタートになります。

着物と言うものすらよく分からない人々が大半の中で自分のオリジナリティーを出しながらどういう風に着物スタイリストというもの認知してもらうのかな?そっからスタートです。

まずは「ビジュアルにうったえてなんぼや!」てな感じで写真の作品が1番わかりやすいかと思い、そっちが何とかならないかな?と考えてみる事にしました。

と言ってもフォトグラファーさんの知り合いなどいないし、右も左も全然何もわからない時点で、何のコネクションもないままゼロからのスタートです。 こちらで着物着付けの資格を持っていても全く役に立ちません。

何しろ着物の資格と言うものがどういうものか、それ分かる人すらいないし、着物を自分で着るとか着ないとか、着せてもらう衣服が存在するか、まずそういう事がよくわからない次元からのスタートになります。0というよりマイナス20くらいからのスタートです。 でもなんとかしてアピールしなければなりません。

写真を撮ってもらうにはまず作品撮りと言う形から入ります。作品撮りとは自分達の制作作品としてPRすることを目的として行う撮影の事です。

まず何かしらの作品撮りに参加させていただきます。私がスタイリストの場合はスタイリストとして仕事をします。そしてその関わった写真作品が私のスタイリスト作品としてフォトグラファーさんからいただけます。 それを何回か繰り返し出来た作品を自分のポートフォリオを作るために貯めていきます。ポートフォリオとはいわゆる自分の作品集みたいなもので、自分はこんな仕事が出来ます!とビジュアルで見せる履歴書です。

沢山撮影をして、自分の写真作品をどんどん貯めて行ってポートフォリオを作ります。そのポートフォリオを見てもらうことで自分の仕事を認知してもらうと言うのがこちらの一般的なやり方なんではないかと思います。

私はどこかに就職試験を受けに行ったわけではないですが、インスタグラムが自分のポートフォリオという感じになってます。 

こちらではクリエイター系は何かの仕事の話になると「What’s your Instagram?」とよく聞かれます。 インスタグラムの投稿=この人の世界感という事で、その自分のインスタアカウントの投稿が魅力的だと撮影にこぎつけたり、仕事のお誘いがかかったりするので、かなりインスタグラムは重要です。 

ここで自分のインスタの写真が最近食べて美味しかったおやつや家族旅行の思い出など、あまりに個人的な写真ばかりだと相手に強いインプレッションが与えられないので、インスタアカウントはプライベート用と仕事用と分けておくのがおすすめです。

んで、作品撮りの話に戻ります。

さて作品撮りやりたい! でも全くコネクションがない!てな状態での海外でいきなり一緒にやってくれるフォトグラファーさんやモデルさんを見つけるのは至難の技です。ましてや金が無い下積み時代。いちいち作品撮りのためにこれらにお支払いしていたら破産してしまいます。

そんな方達はTFPと言う言葉を覚えておいてください。TFPとはTrade For Print の略、モデルとフォトグラファーさんの最初のお約束といいますか私はただで写真を撮ってあげるから代わりにモデルをしてくれる?てなお約束みたいなものです。

フォトグラファーさんモデルさんスタイリストさんヘアメイクさん、みんな学生などキャリアがないうちは、ポートフォリオ作りたいけどモデルを雇ったり、フォトグラファーさんを雇ったり、お金がかかる事はなかなかできません。なのでお互いの自分のできるスキルを出し合い完成した写真をみんなでシェアすると言うシステムで、それぞれの才能を持った人たちが集まって無償で作品撮りをすると言うのがこのTFPになります。これが最初のポートフォリオ作るスタートになるかと思います。私はこのコラボレーションのやってくれるフォトグラファーさんを探すのにまずはMelbourne Creative Networkと言うFacebookページから頑張って探しました。

そこで自分に合った作品撮りの募集を選び、私はこういう者です、こういう風なことが出来ます!と簡単な紹介をして、お互いの返事が良ければそれでオーケーになって作品撮りのステップに進むことになります。

うちの場合はTFPに応募して最初にやらせていただいた作品はカメラを学んでいた学生さんの課題のための作品撮りに加わらせていただいたものでこちら、

ジャパーンというよりアジア色を出したいとのことだったので着物を後前に着させてアジアっぽくしてみました。

そうやってどんどん回を重ね自分の作品が溜まっていきます。 溜まった作品は段々とインスタなどでアピールしていくと、ちょっとづつですがフォロワーがついてきたりしてやっている事に理解をもらえると、お仕事をいただけるような事も出てきます。

ここで大事なのは、このTFPは学生時代や下積み時代だけの話でプロでやっていけそうと思った時点でこのTFPから卒業する事が大事です。 どんなクリエイターさんでも、ずっとただで仕事を頼まれていたらその業界自体が死んでしまいます。 自分もお金をちょっとでもいただけるようになったら、他のクリエイターさんの才能も尊重するのはマナーです。

私ももうあまりこのTFPはやりませんが、初心のクリエイティブな気持ちになりたい時は信頼のおけるメンバーでとならやる事もあります。でも最初の頃の下積み時代のTFPとある程度キャリアが出来てきた後のそれとでは全然クオリティが違ってきます。だって自分のレベルが上がると同時に才能を出し合うアーティストさん全ての方のメンツも上がるからそりゃもっといいもの出来ますわな。

後もう1つ大事なことは、投稿し続けることです!作品は出来た時はとても嬉しいので、沢山連続で投稿したくなります。ですがどうしても1週間2週間と感覚が空いてしまうと、いきなりやる気が失せてしまったりしてモチベーションは急降下。そう言った感じで何ヶ月も間が空いて行く・・。

見ている相手側からすると、この人はもしかして辞めてしまったのかな?もうやる気がないのかな?と思われがちです。

重要なのは間を開けないこと。毎日でもなくていいのでゆっくりとコツコツと長い間やり続けるっていうのはとてもシンプルでいながらとても大切な事です。それをやっているといつか厚みのある自分の歴史ができてきます。 作品ができなくても自分がまだこの仕事が好きです的なアピールの投稿で十分だと思います。

そういった中で「あの人こんな事してる人なんだな」という記憶を人々の頭の片隅に植え付けてゆくのです。

そのうち知り合いの知り合いで、こんな人がこんなことを探していたけどあの人こういう事が出来るんだったよな・・と人の繋がりがいつしかだんだん大きくなって来てお仕事がもらえるような時が来ると思います。 色んなシステムが分からない海外で何かを0から1にするというのはとても大変なことではあります。でもそこを上手くクリアすると1から2回から3回とだんだんとコネクションが広がり確実にステップアップ出来ると思います。

また海外だと言語の問題。やは技術だけではどうしようもない場合も多々あり、コミニケーション力というのも必要不可欠な問題にはなります。円滑に人とのコミニケーションの中で新しいものを作っていくと言うのは、どこの国でも同じことです。なので日常の簡単な会話以上は出来るようにしておくのも重要な事です。

こんな感じで私の着物スタイリストとしての始まり方を紹介させていただきました。

どんな仕事でも海外でスタートするのはとても大変で勇気がいる事です。私もまだまだスタート地点から2、3歩進んだだけではありますが、この経験が何かのお役に立てれば幸いです。

日本では着物警察ってのがいるらしい。

日本を離れて15年。その間にいろんな新しい言葉が出てきて、ついていくのが大変です。

ちょっと前からですが着物警察呼ばれる方が居るとか居ないとか、そんな話をよくネットなどで目にします。

赤道越えたをメルボルンで15年ほど着物生活を楽しんでいますが、こちらではそのような警察にお会いした事は無いので普通の警察に駐車違反で捕まって涙を流しながら罰金くらいの苦い思い出しかありません。

しかしやはり日本に住んでいた頃、着物姿で街を歩いていると着物にブーツなどメインストリームでない着方をしていたと言うのもありますが、あからさまに指をさされたり、通りすがりのおばちゃんが「なんかすごいカッコしている!」などと聞こえるようにお話をされているのを耳にした経験したことがあります。

それだからといって自分の着方にある程度の考えがあってやっていた事でしたのであまり気にも留めなかったのですが、やはり着物を着始めてまだあまり自分のスタイルというものが確立する前の時点で同じようことを言われた方がいらっしゃるとしたら、それは結構心折れるんではないかなーと思うんですよ。

私は今オーストラリアで着物着て出かけることがありますが、どんな着方をしていてもゴージャス!と褒められるだけで、批判をされた事は無いのですが、やっぱりそれぞれの文化を尊重する国柄と言うものもありますし、着方にうるさい人がいないと言うのもやっぱり現実ではあります。

ではもし着物を着ていて着物警察に遭ってしまった場合、自分だったらどうするかな?と言うことをちょっと考えてみました。

まずその方が、その時洋服を着ていたにしろ着物を着ていたにしろ、「この人の着姿素敵!真似したいわ!」って思うようなお方でしたら、そのアドバイスをありがたく聞いておくのもいいかもしれません。逆にもしその方のその時の服が洋服にしろ着物にしろ自分のセンスと合わなかった場合・・(ぶっちゃけちょっとダサいって思っちゃった場合) 適当に「勉強になります」と流してその場を立ち去れば良いのではないかと思います。

着物警察と言うものも、調べてみたらわりと昭和の初期頃から形を変えて存在していたようで、ちょっと歴史が深いものではあるようですが、いつの時代でもどんなことにおいてもそう言った方たちは一定数出てくるのは自然なことかと思います。

フォーマルな席でない限りは、自分のために着ると言う形である程度プライドを持って生き生きと楽しそうに着ているのが1番だと思います。

洋服にしろ着物にしろ自分が大好きな服を着ているときは、自分に自信が満ち溢れていると思います。

ちなみに海外在住者は現地で着物デビューってのもアリだと思いますよ!最初はみんなに褒められると自信がつきます。こちらでは結構どんな格好でも褒められます 笑。そこで自信がつくまで練習してから日本で逆デビューってのもありかもですよ。

画像は、着物警察はペッパー警部みたいにこんなんだったら嬉しいなの理想画像。

文字起こしアプリを使ってみた

今日はiPhoneのTexterと言うアプリを使って自分でしゃべっている言語を文字に起こしてもらうと言う実験的なブログをやってみようと思います。

私はタイプするのがとても苦手で、よく間違えてしまうので。こういうアプリがあるといいなと思っていました。後で句読点をつけなければいけないと言うちょっとした作業はありますが、これならもうちょっと頻繁にブログをアップできるかなぁと思ったのです。

コロナの影響で家にいることが多くなり、色々と考えたい試行錯誤する日々が続いていますが、それは私だけではないと思います。

いろんな人がこれからどうありたいか、どう進もうか考えていく大切な時期でもあると思います私もまだ考えが頭の中でぐちゃぐちゃになっていてそれを解決策は見つかっていません。でもきっとそれなりに導かれていくのではと言う気がしています。

がむしゃらにやっても仕方ないけど自分で気づいたことや導かれたことにはアンテナを立てながら進んでいこうと思います。

Kimonoの事は続けていくつもりですがもしかしたらちょっとやり方も変えていくかもしれませんどうやって変えていくかはまだわかりません今まで頑張ってきた中でアクションやつながりの中でまた新しい何かが見つかるといいなと思っています。

前向きに考えて楽しいことワクワクすることを模索していきたいと思います。励まし合ってやっていける仲間がいることをとても感謝しています。声をかけてくださる方々もいることがとても嬉しいです。

これからも何か皆さんに私の今までオーストラリアで経験してきたことが皆さんの何かしらのお役に立てるようにアウトプットしていく方法を考えていきたいと思います。

このアプリいいわー!というブログでした。

ちなみにロックダウン中に家で撮った家族写真です。

うちの母の姉から譲られ、私が中3の時に姉の結婚式でいやいや着せられた振袖(あの頃は着物に全く興味がなく、洋服で行きたかったのに母に無理やり着ろと言われたため)

うちの娘はそこまで嫌がらずに着てくれました。笑

ものの時代から体験の時代へ

今回の日本行きがキャンセルになり、色々な日本での予定もキャンセルせざるをえない状況になり、3月25日に予定していたRobe Japonicaさんとのトークイベントを予約していただいていた皆様にもご迷惑をかける形となってしまって申し訳ありませんでした。

皆さまにお会いできるのを本当に楽しみにしていただけに悔しさが残りますが、いつかまたリベンジを果たしたいと思います。

個人的に楽しみにしていた日本でやりたかったことも沢山ありました。

1つは喫茶店。昔ながらの喫茶店が大好きで(カフェでないよ喫茶店だよ)ちょっと路地裏に入って外回りのサラリーマンがランチを食べに入ってくるような地元密着型喫茶店でコーヒーを飲みながら日替わりランチを食べてゆっくりとした時の流れを過ごすと「あー日本に帰って来たぁ」という気分になります。

後2つ目は、雑草フェチなので実家の近所の裏山をウロウロ歩いて春に顔を出す雑草の新芽を見ながら歩いてその空気に触れるのも至福の時です。

メルボルンもかなり便利になり、ダイソーもユニクロも無印良品もラーメン屋さんも、日本食材屋も近所のショッピングモールにあります。ネットショッピングで色々買えるしとにかくそれほど「日本に帰ったらこれ欲しい」というものはなくなりました。

しかし喫茶店でコーヒーを飲みながらママとサラリーマンの会話と流れるラジオを聞きながら過ごすゆっくりとした時間や、木漏れ日の中をツクシやフキノトウやどくだみの新芽を見つけながら歩く時間、その「体験」というものはその場所に行かないと得られないもの。

そうこれからの時代 溢れる商品たちにちょっと飽きが来た人々が喜びを感じられるもの、それは「時」と「体験」だと思うんです。

それは着物にも言えると思います。

着物は確かに洋服よりも着る時間がかかります。

準備にも時間がかかります。慣れて来ても着付けは10分から20分くらいかかります。洋服を着る時間と比べたら数倍です。選ぶのにも時間がかかります。でもその時間を「価値のある体験の時間」という視点で見てみたらどうでしょう?1つ1つを重ねる「時間」季節やイベントやこれから会う人などを考えながら選ぶ小物たち。

全ては貴重な体験の時間だとすれば、その時間は急ぐことはない。着慣れないうちは時間がかかって焦ってしまうかもしれませんが、着付けが慣れた頃、その「時間」は大切な「嬉しさを重ねる時間」になります。

それには何回も着て慣れる事です。「着物を着られるようになった」から「着物に着替える普段の時間」になるまで是非皆さん着て着て着まくってください。


無から有を知る

着物、つまり和服というのは面白い衣服で、包むもの、つまりは着物と帯 包まれるものつまりは人間の体とのお互いの支え合う関係によって成り立っています。

衣服には大きく分けて2種類あって洋服のようにその人の体の曲線に沿うように縫製されてつくられる窄衣(さくい)型と 和服のように体をすっぽり布で包むように巻き、紐などで留める懸衣(かけぎぬ型)に分けられます。

窄衣型は曲線と直線で構成されてて3次元的なのに対し、懸衣型はほとんど直線のみで2次元に近いのです。 これを例えて言うと、ハンドバッグ 対 風呂敷、または包み紙です。

洋服の場合、人間の体を中に入れる物に例えると、自分の体にぴったりあったサイズのハンドバッグを探します。 つまりはサイズが豊富に展開していて、人はそれぞれ自分のサイズに近いものを探している感じです。本当にジャストフィットなのがオートクチュール、マイサイズに近いのを店で探すのがプレタって感じですかね。 バッグで言えば物がそれなりにフィットして入って運べる、人間で言ったら着た状態で動作が可能って感じです。フィットして物が運べる。着れて動作ができればパターン、素材を変えてどんな形になろうといけるのでその変化っぷりはなんちゃらコレクション的なファションショーでもお分かり頂けると思います。それに対して着物と帯はほとんど布そのもので形は変わりありません。

パターンというものが無いに等しいんです。

幅35センチ 12メートルくらいの細長い布をパズルのようにざっくりと体のサイズに合わせて直線で余すところなく切り取り、縫い合わせ二次元っぽい羽織るものを作ります。布の取り方はこんな感じ

それを紐で結んで調節しながら体に沿わせ、着ていく感じです。帯は着物を留める役割という感じでなく、ギフトラッピングでいところのリボンですかね、これを包み紙で例えると、物が包めて紐で縛って運ぶ事ができればオッケー、そして中に物が出てしまったらまた2次元の紙、帯であるリボンも包む物がなかったらその結びを維持できません。中に入るものも少しくらい大きくても小さくても包めて紐で縛れさえすれば大丈夫、そして面白いところは、洋服は脱いでもその形状を保っていますが、和服はどんなに綺麗に着付けても、帯でどんな複雑な飾り結びをしようと脱いでしまえばまたただの2次元の布に戻り、そしてまた着る体によって何度も形を変えながらそこに有が存在し、その後着物もまた解いて継ぎ合わされ、1枚の布に戻ります。そして何度も色々なものに作り替えられ、その布の用が果たされるまで布の命は続きます。そして事が済めば結局何事もなかった様に無の状態に戻るのです。

ここになぜか私は魅了されてしまうんですね。すごく日本っぽいというか。仏教でいうところの「諸行無常 諸法無我」という感じが個人的にしてしまうんですねぇ・・

諸行無常:永久不変なものはこの世にない。

諸法無我: 全ての物事は互いに影響しあい、何一つとして単体では存在する物 すなわち我はない、実態はない。

それぞれの思想が違うように、一人一人の見えている世界も違う。

無を知るがゆえに有を知る。

なんだか哲学的になってしまいましたが。

自分でも収集がつかないままとりあえず和服と洋服の違いと、私は「無」に魅了されてるってところで終わります。


セルフブランディングという生き方の覚悟。

私は美輪明宏さんが大好きです。

信仰している宗教はなんですか?と聞かれたら「美輪教です」と答えるかもしれない程彼女(彼?)の存在感が好きです。

そんな彼女の名言

「お洒落とは

「これでいいのよっ!!」

と強烈な気迫でするもの。

本当にお洒落な人は、

自分自身がブランド。

他人のブランドにしがみつく必要はない。」

もう1つ。

「みんながブランドになる可能性をもっているのよ。

自分がブランドになれば、

ブランドものなんて邪魔でしょうがない。」

特にこの2つが大好きです。

よくうちの店で聞かれるのは「私に似合う着物はなんですか?」とか「私に似合う色はどれですか? 

そんで私はよく聞き返します「それではこの中であなたが着たいと思う着物はどれですか?」

確かに肌や髪の色で似合う着物の色はあるのは確かです。 でも普段黒の洋服で固めている人にいきなりはんなり桃色の着物が似合うと勧めても正解なのかもしれませんが、でも絶対将来タンスの肥やしになりますよね?それ だって後後それ見てテンション上がんないんだもん 笑。

それよりも私は着ていて気持ちが上がるもの、家に帰るなやいなや、その買い物袋を開けて買って着たものをうっとりと眺め、鏡を前にコーデを楽しみ、次のどのお出かけで着ようかしらと想像したくなる物をお勧めしたいのです。

はっきり言って最初は似合わないという人もいるかもしれません。実際本当に似合わないかもしれません 笑。

でもそれでも同じスタイルでずっと着続けていたらその人のスタイルになるのです。ちなみに自分は客観的な観点から見るとはんなり淡い色が似合う肌ですがご存知の通りほとんど着ません。だってテンション上がんないんだもん。

林家パー子だって似合う似合わないの次元を超えてピンクを着続けることによって自分自身が唯一無二のブランドになるわけです。

なんか日本の雑誌を見ていると「褒められ」とか「モテ」とか人からの評価を気にしすぎているばかりに自分のコアになるセルフプロデュース力が揺らいでしまっているような気さえしてしまうのは私だけでしょうか?

確かにマナーを重んじる場所ではこれは必要なことですが、それ以外の普段のおしゃれではまずはブランド名や「年甲斐もなく」という言葉からちょっと離れて自分をワクワクさせてくれるコーデってなんだろう?って考えてみても良いんではないですかね?

死ぬときに後悔すること第4位って

自分のやりたいことをやらなかったこと

耐えて忍んでガマンして、いまわの際になって初めて、自分に嘘をついて生きてきたことに気づく。

だそうですよ。

自分に正直に生きましょう。

ちなみに第1位は

愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと。

だそうです。

これを読んでくださった皆様、本当にありがとう。

 

Modest Fashion Runway での着物デモンストレーション

ちょっと前のことになりますが、2019年の Melbouen Fashion Week の一環で今年からModest Fahion Runwayがメルボルンで開催されることになり、その中で Kimono Stylist として何かしてもらえないだろうか?という素晴らしいオファーをいただきました。その中で今回は振袖の着付けデモンストレーションをさせていただきました。

Modest Fashionとは辞書によるとこんな感じです。

過度な露出や肢体の線(ライン)が見えるような装いを控えるファッションスタイルの総称。モデスト(modest)は「慎み深い」といった意味の英語表現。主に宗教上の規律から肌の露出が控えられるムスリム等によって親しまれている。 

Vogue でもこんな記事がありました。

https://www.vogue.co.jp/fashion/trends/2018-11-07/modest-fashion/cnihub

確かに宗教やその国のバックグランドからいろんなファッションのあり方があっていいはず、このマルチカルチャーなメルボルンに今までなんでなかったの?と思ったりもします。

その中でKimonoもModest Fashionなのか?という疑問もあったりしますが、露出がかなり少ないという意味ではそうなのかな?とも思ったり・・。

その辺は個々のの考え方だったりもするかもしれませんね。

私個人の意見では、今では着物で肌を沢山見せるファッションも沢山出てきており、それはそれで1つのあり方なので「アリ」ではあると思うのですが、肌の露出面積が多くなる=もっとセクシーに見える という意味では「NO」

だと思っています。覆っているからこその色香というのもある。というのが私の意見です。

これをお笑いに例えると、小学生の笑いのレベルとしては「おしり!」とか「うん◯!」と言っていればそれで笑えるかもしれません。とにかくわかりやすい。でも大人がそれ聞いて面白いか?って言ったらそうでもないですよね。

でも落語はどうでしょう?これはある程度知識がある人しかその笑いのセンスがわかりません。 そう色々学や経験を重ねた人にしか分からない笑いもあるように、着物の着方もそのセンスが上級になる程そこにある程度の「品」がる方が色っぽいと感じるようになると思うのです。それは年を重ねていけばいくほど覆うという「品」のメソッドを若い頃と違う色香に変えていけるストラテジーだと思っています。

そう言った意味ではmodest Fashionなのかな?

ここでの控え室はほとんどがイスラム圏の方々のデザイナーさんたちのファションランウェイの支度をするモデルさんとヘアメイクさんでごった返しててアジア人は私とヘアメイクのゆみさんと私のお願いしたモデルの久美子さんの3人だけでした。でもそこの場所での経験は本当に意味のあるものでした!

控え室だから聞ける本音トーク。今までイスラム圏の女性たちに聞きたかった「そのスカーフの中身どうなってるの?」とか「ヒジャブは彼女たちにとってどういうものなのか?」という聞いていいのか失礼なのか?ということさえわからなかったことが素直に聞けたり、逆に彼女たちからしたら着物の下は一体どうなっているのか?というミステリーが知れる、まさに控え室こそがファションの文化交流そのものでした。

今回のモデルはインスタとFacebook  で公募させていただいた中で応募してくださったくみさんにお願いしました。

私はデザイナーではないので自分のデザインしたもののランウェイは出来ないけど着付けデモンストレーションならできるよという提案を主催者側に伝えてあったので、今回は振袖着付けから帯結びまでのデモンストレーションをしました。Modest Fashion の企画なので最初から中じゅばんを着て、振袖も肩に羽織っての登場です。

ここでまぁ日本人にはおなじみの着付けなのですが、ここに来たほとんどの観客の方は着物を着るのを生まれて初めてみる方ばかりです。イスラム圏の女性が大半です。とにかく「New」なことばかりですね。その辺がちょっとメルボルンの面白いとこだったりするんです。一体彼らの目に着物の着付けはどういつったんでしょうか・・。興味あるけど今となってはミステリーです。

その着付けのあとちょっと司会者との掛け合いトークがあって私のショーはあっという間に終わったのですが、とにかくいい経験をさせていただきました。

このショーの後、1人の女性のことが頭をよぎりました。

彼女は私がオーストラリアに移住して来て間もない頃、同じ英語学校に通っていたクラスメイトの女性です。

彼女はイスラム圏からオーストラリアに移住して来た方で、いつも頭にヒジャブを巻いていました。体もラインが目立たないゆったりとした衣服を纏っていました。でもある日休み時間にこっそり私にだけ家にいる時の彼女の写真を見せてくれました。それは私でも着たことが無いようなミニスカートに肩まで露出のあるシャツを着た彼女。彼女曰く、親密な関係の女性だけの閉ざされた集まり、親と旦那さんにだけはこの格好をしている事を見せることは許されるそうです。

彼女は結婚していたので家では多分こういう格好でいるんだと思うんですね。

んで彼女曰く「私は私の旦那さんだけの特別なプレゼントみたいなものなの。いつもは綺麗にラッピングされてて愛する人だけがそのプレゼントの中身を見ることができるの」

なんかその考えすごいなとちょっと感動したのを覚えています。

隠れているからこその美しさ、中を見ることができるのは本当に愛してくれた人のみってなんかすごく美しく無いですか?

なんかそれってちょっと日本人の私としても忘れかけて来た色香なんだと思うと、そう言った文化が今尚存在するModest Fashionっている意味とても崇高でセクシーなファッションなんだと思ったりもするわけですね。

というわけで今回助けてくれたヘアメイクのゆみさん、モデルの久美子さん、どうもありがとう!